【コラム】平成歌謡の扉を開く三小田朱里、歌謡曲ファンにおすすめの歌手がデビュー
「夢に溺れて」は大人のJ-POPとも呼べる心地よさ
平成に歌謡曲を歌う三小田朱里のデビュー曲
三小田朱里のデビュー曲「夢に溺れて」とは?
三小田朱里(さんこだ・あかり)のデビュー曲「夢に溺れて」(1月21日発売、ヴァンズエンタテイメント)が、とてもよい。
昭和30年代から40年代に流行った「アカシアの雨がやむとき」(西田佐知子)、「小指の想い出」(伊東ゆかり)、「ブルー・ライト・ヨコハマ」(いしだあゆみ)などのヒット曲を思い出させるような雰囲気。
しかし、懐かしい印象ではない。昭和に通じるものを感じさせながら、平成の香りを漂わせている。
歌の主人公は、想うようにならない恋愛の最中にいる。
今夜も彼女はひとり切なさを抱えたまま眠りに落ちていくが、決して泣き言は言わない。「会いたいのに会えない」とピーピー嘆くばかりのお子様ではなく、「会いたいと我が儘を言えば、相手を困らせてしまう」と自らを抑えることを知っている大人だ。
曲調はやや気だるげで、三小田の歌もこれによくマッチしている。が、その歌から伝わるのは気だるさより健気さ。伝えようと懸命になっている印象は全くないのに、浸透するように届くものがある。これが「歌う」ということだろう。
歌謡曲とは大人の歌
歌う三小田朱里には壇 蜜に似たものが感じられる。知性と分別とエロティシズム。今どきの20代にしては落ち着いた印象。「夢に溺れて」の主人公そのままの大人のイメージだ。
いつの頃からか日本人は、猛烈に「若さ」に執着するようになり、成人女性を平気で「女の子」と呼び、また臆面もなく自称する。ただ外見だけ若く見せようとした結果、世の中には若さではなく幼さが溢れている。気味の悪い時代になったものだが、壇 蜜や三小田朱里は、そうしたおかしな時代の流れに呑み込まれることなく、年齢相応の雰囲気を醸し出している。もちろん中身がなければ醸し出せるはずもないので、年齢相応なのが外見だけでないことは言うまでもない。そして、この年齢相応の、若い大人の女性が醸し出す雰囲気が心地よい。
歌謡曲とは大人の歌なので(歌謡曲が時代のBGMとして流れていた時代、歌にせよテレビ番組にせよ、大人と子供の境界は今よりもっと明確で、子供は背伸びして歌謡曲をうたっていた)、ガキが歌っても聴く者の心には響かない。大人として、持つべきものを持っている人でなければ、表現しきれるものではないのだ。だから、今の世の中には優れた歌謡曲がなかなか流れない。
流れたと思えば、歌っているのは由紀さおりであったり、秋元順子であったり、大人のベテランだ。若い大人もいていいはずだが、なかなか耳にする機会がない。
西田佐知子が「アカシアの雨がやむとき」を歌ったのは21歳の時。いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」は彼女が20歳の時の歌。「小指の想い出」発売時の伊東ゆかりはまだ19歳だった。それぞれ、なんと大人として歌謡曲をうたい切っていたことか。現代と比べてみれば、そこにあるのは、まさに隔世の感というやつだ。
しかし、そんな中、三小田朱里が現れた。歌謡曲の良き時代に生き、歌謡曲の魅力を知る者としては素直に喜ぶしかないし、世の歌謡曲ファンにはおすすめのアーティストとしてお知らせしたい。
開きそうで開かなかった平成歌謡の扉を開いてくれる
実のところ、平成以降も歌謡曲は量産されているが、ほとんどヒットしていないし、新たな歌謡曲のスターとして脚光を浴びる存在もごく僅かしか登場していない。例えばオリコンでも「演歌・歌謡ランキング」として一括で扱われるように、歌謡曲と演歌が同じ畑で生産されてきたことが、その大きな理由だ。
その昔は演歌も歌謡曲も「流行歌」という大きな枠の中にあり、ヒットすればどんなタイプの曲でも流行歌だった。それが、カラオケが隆盛する中にあって「演歌」というカテゴリーの強烈なアピールが始まる。生まれ育った時代背景等の要因が大きく作用していると思われるが、カラオケ・ブーム初期の主なユーザーだった中高年層には、演歌がよく馴染み、いつの間にか、美空ひばりも石原裕次郎も演歌歌手の範疇で語られることが多くなった。
ここで演歌の制作者たちは、ユーザーの求めに応じ、またヒット曲やスターを生み育てるための可能性を探り、演歌と近い所にある”演歌的な”歌謡曲を作り始める。が、演歌はよく「古臭い」「時代錯誤」などの批判を受けるように、あまり変化や刺激を好まない世代を対象に作られている。これと同じ意識の中で「歌謡曲」が作られたらどうなるか?
「アカシアの雨がやむとき」「ブルー・ライト・ヨコハマ」「小指の想い出」などが時代を映す鏡であったのとは異なり、古の風景や若かりし日の表情を映す鏡のような歌が出来上がる。そこに文化の成長に伴う洗練を窺うことは難しく、結果として垢抜けない歌謡曲が生まれる。それでなくても世代間格差の大きな現代にあって、高年齢層に向けた感覚で作られた歌が、それより若い世代に歓迎される確率は低い。従って、平成の世に歌謡曲が放たれても、ヒットやスターの誕生にはなかなか結び付かなかった。
ところが、三小田朱里は違う。
市川裕一(主な作品提供アーティスト=SMAP、AKB48)、TATOO(手嶌葵、ケイコ・リー)、岡田光司(上戸彩、平原綾香)、黒須チヒロ(深田恭子、MISIA)といった面々が制作に携わっており、そのサウンドには本来歌謡曲が備えているべき「今」の感覚が反映されている。流行歌が漂わせているはずのファッショナブルなムードは、大人のJ-POPとも呼べる心地よさだ。
三小田朱里に「絶対にやってやる!」というような必死さは感じられない。しかし、彼女はそのクールな印象のままでしなやかに、開きそうで開かなかった平成歌謡の扉を開いてくれる、そんな気がする。
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